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自然との共生

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ある山で漁師が集まって植林をしたという話があります。山を豊かにすると、腐葉土で栄養が川に流れ、川が豊かになる。栄養が豊かな川が海に流れ、海も豊かになる。海が豊かになれば、自分らも豊になる。というまさに循環と共生です。また、日本では鎮守の森と呼ばれ、神社には必ず囲むように森がもうけられています。森を美しく保つことで栄養が川から海に流れ、漁獲を安定させるという、同様の循環と共生の思想があるといわれています。

いつも自然から癒しや恩恵を受けているのは我々。自動車や新幹線や電気など生まれながらに科学の恩恵も受け続けているのも我々。ますます大きくなりそうな地球温暖化、核燃料再処理などの諸問題とどう向き合うか。こちらを立てれば、あちらが立たなかったりと色々と難しい問題で意見も賛否両論です。それだけでなく、政治、経済などなど、色んな諸問題もあります。そんなこんな全てをひっくるめて考えないといけない時期でしょう。

横浜国立大名誉教授・宮脇昭さんは、失われた森の回復と再生に植樹を展開し、その本数はこれまでに全国各地で1220箇所、3000万本にも及びます。

以下は、宮脇さん著書「鎮守の森」から印象に残った言葉です。

 目に見えるもの、金で換算できるもの、数字や図表で表現できるもの以外はすべて切り捨ててきた一見進歩的な対応が、自然と共生してきた鎮守の森を破壊するだけでなく、心の荒廃の原点となっているのではないか。
 しかも、現代の自然科学・技術は、生命と生命集団のシステム、動態について、またそれを支える持続的で多様な自然環境のシステムについて、どれほど把握できているか。たとえば山を削り、池を埋め立てて新しく経済的に利用可能な土地や施設をつくることは得意である。しかし、そこに生存している微生物から魚類、昆虫、鳥類、哺乳類、すべての生物とその集団の持続的な生存や、それらが相互に支え合っている多様な自然環境とのトータルシステムを、時間の系列の上で具体的、計量的に把握するところまでまだいっていない。にもかかわらず、物理化学的なプラスかマイナスか、ゼロか一かの、いわば仮説の世界での対応が命の世界、さらに心の世界まで支配しようとしているところに、現代の文明、社会、教育、環境、さらに最近の自分のいのちも他人のいのちも無雑作に扱い、簡単に人を殺したり、自殺したり最悪のさまざまな悲劇の原因がひそんでいるのではないか。
 我々は、見えるものだけを見て進歩していると思ってきた生き方から、もう一度見えないものを見る努力をすべきなのではないか。そして未知の要因に対してのある種の畏敬、敬虔を持って、トータルシステムとしての自然現象、環境問題、命と心の問題、社会現象、教育、文化、芸術、政治、子育て、すべてを見直して、二一世紀、二二世紀を確実に生き延びていくべきではないか。
P130.
 

魂の森を行け―3000万本の木を植えた男 (新潮文庫)
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